Vol.18 伊知地 亮さん
Vol.18 伊知地 亮さん
EPW members interview Vol.18
伊知地 亮
ポナン日本・韓国支社長・エクスペディションリーダー
Profile
北極・南極を巡る探検クルーズの世界で20年以上活動。18歳でピースボートに通訳として乗船し、2002年に初めて南極へ。極地の魅力に惹かれガイド資格を取得、日本人唯一のエクスペディションリーダーとして活躍。フランスの探検クルーズ会社「PONANT」に参画し、日本支社を立ち上げ、営業から運航設計まで指揮を執る。現場と陸上の両方で責任者を務める希少な存在として、「ガイドがいなければ行けない場所」に人々を導き続けている。
極地クルーズの魅力を日本に広め、人々をまだ見ぬ世界へ導く。そんな想いで活動するりょうさんに、お話を伺いました。
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お仕事について
フランスの探検クルーズ会社PONANT(ポナン)で、日本・韓国支社の社長をしています。PONANTでは20隻の小型船を持っていて、北は北極から南は南極まで運航しています。日本からは毎年だいたい1,000人くらいのお客様が世界中の船に乗ってくれていて、そのための営業、また春と秋に日本に来るクルーズの設計・運航業務を担当しています。もともとこの会社に入る前から、北極と南極のガイドをしていました。お客様を案内する「エクスペディションチーム」というのがあって、船の規模によって数人〜20人くらいのガイドが乗ります。南極なら上陸地で案内、北極なら熊が来たときのために猟銃を持って安全を確保しながら案内します。これは専門知識と資格が必要で、銃やボートの免許や極地の知識が前提。現役でやっている日本人は4〜5人しかいません。中でも、チームを率いるエクスペディションリーダーの資格を持っているのは、日本人ではまだ僕だけです。
今年でいうと、日本沿岸のクルーズに1か月、夏に北極1か月、南極1か月。だいたい年に3か月は船に乗って仕事しています。
この世界に入ったきっかけは18歳。ピースボートの通訳として船に乗りそこから約10年間、通訳やコーディネーターとして世界中を回りつつ、2002年に初めて南極に行きました。
通訳って、やっぱり“自分が主体ではない仕事”なんですよね。人が言ってることを違う言語に置き換えることが仕事で、主体にはならない。もうほぼ機械、間もなくAIに置き換わっていくと思うし、いずれは消えていく仕事だろうなと感じていました。それはそれで稼げるし、いい仕事ではあるけれど、「自分が主体になれる仕事って何だろう」と考えたときに出てきたのが南極だったんです。
「人の言葉を訳す」だけではなく、自分の言葉で、自分の情熱を直接伝える仕事がしたい。その答えが南極ガイドでした。必要な資格や知識を一つずつ身につけ、2006〜2007年ごろから極地ガイドを本業に。最初はフリーランスでどこの会社の船にも乗る生活でしたが、2012〜2013年頃からPONANTの船に関わり、少しずつ仕事の幅が広がっていきました。そして日本チームの立ち上げから関わり、今は社長として会社を動かしています。
極地ガイドという仕事
極地っていうのは、ガイドがいないと行けない場所なんですよ。たとえば東京やヨーロッパの街はもちろん、大自然でも経験がある人は自分で行ける。でも極地は違う。極端な話、ガイドがいなければ命の危険があります。イメージでいうと「素人でも行けるエベレスト」みたいなもの。エベレストは相当な訓練を積んだ玄人でもシェルパやガイドなしでは危ないでしょう。極地も同じで、東京で普通に生活できる程度の体力があれば誰でも行けるけど、現場の知識やボート操船の技術、安全管理を熟知したガイドがいなければ観光は成立しません。だからこそ「ガイドがいなければ絶対に行けない場所」を案内できる面白さがあるし、そこに一番惹かれました。しかも南極や北極は、世界で最も美しい場所だと思っています。南極は人間を襲う動物がいませんが、ペンギン、アザラシ、オットセイ、クジラなど動物の宝庫です。一方で北極にも様々な動物がいますが同時にシロクマもいます。クマは人間を襲う危険があるので、銃の携行が安全上必須となります。そのため毎年シーズン前には射撃場で訓練を受けて、安全に備えています。
大事にしていること
このツアーにお客様は100万円以上、時には何千万円も払って来てくれる。その人たちに対して、自分がワクワクせずに「ペンギンあっちです」なんて淡々と案内するようになったら行くのをやめようと思っていますが、毎年楽しみな自分がいます。観光業って、多分その地域を誰よりも好きだからこそやるものだと思うんです。自分と同じくらいお客様にもその場所を好きになってもらいたい。だから1番大事なのは、その情熱であったり、愛情であったり、お客様にもその地域を好きになってもらいたいっていう思いだと思います。
自分がその場所を心から好きで、感動していること。それがある限りは現役でいたいですね。
EPWの入会と魅力
EPWはTOKYO CLASSIC CLUBの繋がりで知り、ちょうど拠点を探していたこともあり入会しました。ここを拠点にしたことで、自分から出向くだけでなく「来てもらう」形の仕事ができるようになりました。立地も空間も、お客様を招く場として申し分なく、他のメンバーと自然に知り合い、つながっていけるのも魅力です。10年以上ぶりの再開があったことも印象的でしたね。
これからのこと
体力と情熱が続く限りは極地ガイドを続けたいですね。最終的には子どもを南極に連れていくまでは現役でいたい。それが一つの目標です。今は日本でも各地と連携して動いていますが、これをもっと深めつつ広げていきたい。ゆくゆくは日本に船を常駐させたいですね。今の会社が自由にやりたいことを追求できる環境をくれているので、この立場を極めたいと思っています。
給料のためというより、「もっとこうやりたい」「もっとお客さんを喜ばせたい」という気持ちがエンジンになっています。お金のことをほとんど考えずにそれができるのは、すごく幸せなことだと思います。極地のエクスペディションリーダーとしても、もう古株になってきましたが、それでもまだやりたいことは尽きません。
Interview with